価格も非常に魅力的な家事代行
わたしは避難所になっている小学校を訪れた。
広く、天井の高い体育館には、何百人もの被災者が身をよせていた。
一月半ばというのに暖房はない。
食べものは菓子。
パン、牛乳。
固く冷たく塩からいおにぎりはお年寄りの喉をとおらない。
栄養はかたより、食欲不振がふえ、体力がおとろえ、抵抗力がなくなった。
不眠、不調がふえた。
ほとんどの人が風邪をひいた。
肺炎にかかり、持病が悪化する人もいた。
夜中にトイレに行くには、他人を気にしながら狭い通路、極寒の廊下をとおらなければならない。
それを避けるためにトイレを我慢したり、夕方から水をとるのを控えて脱水症状となり、腎孟炎、尿道炎などにつながった。
ひとり一畳たらずのスペースにプライバシーはない。
ストレスで胃に穴があき、死ぬ人もいた。
神戸市内の二月の死亡者は、地震前の一九九四年は九四〇人、震災の年の九五年は一五八〇人。
この数字は直接地震によらない死者の増加を示す。
その差は二月一カ月で六四〇人(死亡統計)。
大勢の医師や看護婦がかけつけ治療にあたった。
だが、入浴はおろか排泄も困難な、いつも気持ちの安らぐことのない、強いストレスの起こる環境に囲まれて、医療は本来の役割を果たせない。
室温零度の体育館では、抗生物質を注射しても効果は上がらない。
暖かく安心して眠れる部屋、静かな環境、プライバシー、温かく身体や好みに合った食事、専用のトイレや風呂や台所、こうした条件があってはじめて人は健康を取り戻し病気も治せる。
そして考えてみれば、これらの条件はすべて、まともな住居があってはじめて成立する、いわば〝住居の属性″なのである。
中年の女性はため息をついてわたしに言った。
「あーあー、家さえあったら、あとはなんとかなるのに!」また、「こんなこと今まで考えたことなかったけど、家があるってほんとうに幸せなんですね!」と、これは男子高校生の発言である。
安全で落ち着ける住居なしに衣食や医療を充実させえたとしても、いのちと健康は守れない。
ちゃんとした住まいがあってのこと、ということを、避難所の「住生活」ははっきりと示した。
希望をつくる生活の根拠地としての住居震災はさらに大きな教訓をもたらした。
被災者のための仮設住宅は、神戸市の場合ほとんど遠隔地に建てられた。
神戸の奥座敷といわれる有馬温泉のさらに奥に二千三百余戸、都心まで片道二時間、一〇〇〇円近くかかる。
市の西北端に七千百余戸、ポートアイランド・六甲アイランドの二つの人工島に三千百余戸など。
被災者は、家をなくし、肉親を失い、大きなショックをうけている。
そういうときに必要なのは、これまで一緒に暮らし、助け合い、励ましあってきた隣人である。
仮設住宅への入居は抽選で、住んでいる場所とは関係なく、お年寄りから順にばらばらに入居させられた。
それが、高齢者にとって暮らしにくい環境となった。
九六年七月、ポートアイランドの仮設住宅に住むひとり暮らしのKさんは、四〇〇万円の貯金をのこし、栄養失調で亡くなった。
四~五万円の年金のなかから食費をきりつめてわずかの金を蓄え、まともな家にもどってからの生活設計に備えようとしていたとみられている。
人は希望がなければ生きられない。
いま苦しくても未来に希望があれば生きられる。
だが、仮設住宅の居住者にとっては希望が見えないのである。
希望の生まれない最大の理由は、暮らしの根拠地としての住居が定まらないからである。
兵庫県社会福祉協議会が行った「仮設住宅に暮らす壮青年の健康と生活に関する調査・中間報告」(一九九七年四月)によると、「なんとかしなければならないと思っていること」は「すまい」が最大で六〇・七%、二位が「自分の病気や健康状態」の五四・六%、三位が「これからの見通しが立たない」四七・九%(複数回答)で、住居の問題が大きな位置を占めている。
「絶望は死に至る病である」と言ったのはデンマーク生まれの哲学者キルケゴールであるが、孤独死の原因は絶望にあるといってよいであろう。
その絶望から脱するには、住み慣れたもとのまちにもどり、住まいを定め、暮らしの基盤をつくることである。
暮らしの拠点がきまれば、新しい茶わんや布団を買いそろえる、さあやるぞという意欲がわいてくる。
お金はそのときのために蓄えている。
だがその兄とおしのないままに、朽ちるようにして亡くなっている。
それでは、なぜもとのまちにもどる希望がもてないのだろうか。
行政がなすべき優先順位を錯誤しているからである。
仮設住宅居住者の孤独死が一六九人(九七年八月末、兵庫県下)に達するなど被災者の生命が危機的状況に陥るなかで、市営空港の建設などの震災前と変らぬ開発行政に力を注いでいるからである。
象徴的な事例をあげよう。
一九九七年八月七日、ポートアイランド第六仮設住宅でひとり暮らしのIさん(女性、五三歳)が死んでいるのが発見された。
死後三日で、餓死に近い衰弱死と警察はみている。
Iさんは糖尿病で働きにいけなかった。
料金滞納のため七月三〇日付で水道の供給が打ち切られていた。
室内には現金も預金通帳もなかった。
電気・ガスは通っており、冷蔵庫には食べかけの豆腐一丁、飲みかけの清涼飲料水一本しかなかった。
市水道局の担当者は「仮設住宅の被災者といえども、公共料金である以上、滞納が続けば止めざるを得ない」と語っている(『毎日新聞』一九九七・八・八)。
水道は、いのちの源であり、生命維持装置である。
まして生活基盤を破壊され絶望の中にいる被災者に対してである。
公共料金だからこそ、被災者に対処できるはずである。
主要なマスメディアも、市内版にかぎるとはいえ、今回は批判している。
「非情の行政、水道止める」(『毎日』、前出)、「だれのための行政か、市のごう慢さに憤り」
地震がこわい阪神・淡路大震災は明らかに「住宅災害」であった。
このことは、国民に安全な家を保障することが防災対策の基本であることを示している。
しかし、政府も自治体も、既存の住宅を安全にすること、欠陥・不良住宅を再生産させないことには強い関心が向いていない。
毎年九月一日の「防災の日」にはバケツリレーによる消火訓練や避難訓練が行われているが、その前に、家の安全なくして防災は成り立たない。
私は、ときどき見知らぬ方からお手紙をいただく。
次の一文は、前述(二六ページ)の六〇歳の女性からである。
「現在、安心して住める部屋がなく、路頭に迷い、生きる勇気と希望を失っています。
早く人生が終わればと思うときもございます。
住居問題が安心できる環境であれば、病弱者のわたしも生きていけます。
いま住んでいるアパートは窓のない六畳と三畳、台所、トイレ。
家賃は六万円で一〇万円の収入では苦しい生活です。
老朽化で二、三年借り手がなく空き家でした。
湿気が強く、タタミはブカブカ。
隣室の住人の行動は全部わかり、たばこの煙が部屋に入ってきます。
部屋は暗く、一日中電気をつけています。
床はすこし斜めで、歩くときしみ、平衡感覚のアンバランスでめまいがつづいています。
頭痛、ぜんそく、神経痛の悪化に加え、昨年夏から住宅が原因の反応性うつ病にかかりました。
地震がこわいです。」「地震がこわい」という彼女は、もろもろの病状をもたらしている現在の劣悪な住居の延長線上に、地震の時の死を予感している。
わたしは年に二回、保健婦を養成する兵庫県総合衛生学院で健康と住居の関係について講義している。
家事代行について学ぶよりまずは行ってみて、家事代行についてはこちらで。
家事代行に実用的と藝術的とゆう家事代行の区別はなありません。
家事代行やその他の文章の作成では、すごく難しい言葉を駆使していて、こんな家事代行の言葉を使いこなすのはある種の特殊能力ではと思ってしまいます。
